母は、御年80才、6年前に父が亡くなり、一人暮らしをしています。
娘である私は、同じ県内ではありますが、片道2時間弱かかる距離に住んでいます。
おととしあたりから、母の物忘れが少しずつ目立つようになっていました。
でも、食事や買い物や掃除、受診など身の回りのことは出来ています。
認知症外来の受診も考えましたが、本人も私も勇気が出なくて、きっかけもなくて、延ばし延ばしになっていました。
そんなある日、見慣れない番号から電話がかかってきました。母が暮らす地域の「地域包括支援センター」からでした。
地域包括支援センターとは、ざっくり言うとこんなところです:
- 介護保険の申請手続きの窓口になってくれる
- 「物忘れが気になる」「一人暮らしが心配」などの相談に乗ってくれる
- デイサービスなどの適切なサービスや情報を教えてくれる
本格的に介護が必要になる前でも、「どこに相談したらいいか分からない!」という時に、まず最初に駆け込める心強い味方です。
まさか、母がひとりで相談に行ってた
聞けば、母が自分の足でセンターを訪ね、「介護保険のことが知りたくて来た」と話したのだそうです。まさかの単独行動に驚きましたが、驚きはそれだけではありませんでした。
職員の方がじっくり話を聞こうとしても、母は肝心なところで言葉に詰まってしまう。私の名前も、住んでいる地域も、父の名前さえも答えられなかったというのです。スマホは持っていたものの、使い方が分からず開けもしない。つまり、誰にも連絡が取れない状態でそこにいたわけです。
それでも職員の方は諦めませんでした。いつも携帯している「連絡先メモ」――家族の名前や電話番号を控えたノート――を母が持っていることに気づき、そこから私たち家族にたどり着いてくれたのです。地道な対応に、今でも頭が下がる思いです。
「さみしい」の一言に。
話の中で母は、こんな本音をこぼしていたそうです。
「一人暮らしで、普段誰ともしゃべらない。さみしい」
地域の習い事に参加してみたこともあったけれど、うまく輪に入れずやめてしまった、とも。
そのとき、たまたま同じ建物内にあるデイサービスのスタッフが、通りがかりにこう声をかけてくれました。
「そしたら、ここに来たらいいよ。楽しいよ〜」
なんてことのない一言のように聞こえるかもしれません。でも、この温かい声かけが、母の心を確かに動かしたようでした。
これは、ただの物忘れじゃないかも
一方で、職員の方の目には、母の様子が単なる「年相応の物忘れ」以上のものに映っていました。
母はよくしゃべる人です。けれど、具体的な質問には言葉が出てこない。かかりつけの病院の名前も、いつも行くスーパーの名前も、果ては娘や夫の名前までも、思い出せない――。
「これは認知面が気になります。デイサービスの利用も含めて、介護申請を進めてみてはどうでしょう」
そう提案されたのです。加えて、体そのものには特に不調がないことから、「物忘れ外来」の受診も勧められました。もし何らかの診断がつけば、介護認定の手続きもスムーズに進むかもしれない、とのことでした。
突然の電話から、動き出した
こうして、一本の電話で事情をおおまかに知らされた私たち家族は、母の「介護申請」という新しいステージへと足を踏み入れることになったのです。
まさか母が自ら包括支援センターの扉を叩くとは思ってもみませんでした。けれど、その行動力と、それを受け止めてくれた職員の方々のきめ細やかな対応のおかげで、私たちは大切なきっかけを手にすることができました。
母のことは、これから少しずつ書いていこうと思っています。今日はその始まりのお話です。

